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2009年12月19日

01工藤英博

~西5でちょっとだけお茶を~ なぜ『坂の上の雲』は今まで映像化されなかったのか?

 いよいよNHKのスペシャルドラマ『坂の上の雲』放送が始まった。原作は発行部数2000万部を超え、多くの日本人の心を動かした、<まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている>の書き出して始まる、言わずと知れた司馬遼太郎の代表作だ。

  日露戦争で活躍した軍人、秋山好古(阿部寛)・真之(本木雅弘)兄弟と近代俳句の父・正岡子規(香川照之)の3人を中心に、維新を経て近代国家に追いつけ追い越せと突き進んだ明治期の日本を描いた。欧米列強を坂の上にたなびく雲になぞらえ、坂を上れば「雲」に手が届くという憧憬がタイトルに込められている。

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 NHKは2003年1月に制作を発表したが、脚本の野沢尚の自殺などで撮影が延び、実際に始まったのは2007年だ。撮影期間は3年。ロケ地はロシア、中国、フランス、イギリスなど8ケ国と、国内では主人公秋山兄弟と正岡子規の故郷である愛媛をはじめ茨城、福島、愛知、京都、広島、熊本など、実に22都道府県に及ぶ。

 1話あたりの制作費は大河ドラマ(6,000万円)を上回る1億円規模と言われていて、全3部・13話を3年かけて放映する。1分100万円を超える受信料を消費しているだけにNHKも必死に取り組んでいる。主人公3人の出生地の愛媛・松山市では大盛り上がりらしい。作品ゆかりの地を巡るツアーが企画され、箱モノ施設「坂の上の雲ミュージアム」は休館日を返上。日銀松山支店はドラマ化の経済効果を150億円以上とはじき出したそうだ。日本中の新聞、雑誌にも便乗記事があふれ、『坂の上の雲』のドラマ化を機に、日本は懐古主義的な明治時代ブームに包まれつつあるようだ。

 ただ、今のブームで気になるのは「礼賛」とまでは言わないまでも、明治という時代を無批判に受け入れている点で、ドラマ化で視聴者に誤った歴史観が構築されてしまわないかということだ。

 司馬遼太郎は生前『坂の上の雲』の映像化を固く禁じていた。当のNHKのかつての番組内でも「ミリタリズムを鼓舞しているように誤解される恐れがありますからね」と語ったものだ。実際、『坂の上の・・・』のテレビ化を企画して生前の司馬氏と交渉を持った人はかなりいるらしい。そのうちの一人、テレビマンユニオンの副会長・今野勉氏が、『坂の上の・・・』のテレビ化権のお願いに、当時メディア系の個人マネージャーの役割を担っていた松前洋一氏(電通からCAL社長)とともに大阪の自宅へ伺って、数時間に渡った話し合いの模様を話してくれた。

 『坂の上の雲』の映像化の申し入れに対する司馬の返答は、次のような内容だったと今野氏は言う。「『坂の上の・・・』以外のどの原作でもテレビ化して構わないが、『坂の上の・・・』だけは誰に対しても、どこに対してもテレビ化権はお断りすることにしている。理由は『坂の上の・・・』は愛国主義(ナショナリズム)に利用されかねない危うさを持っており、それを防いでいるのは一本の細い糸のような文章の力だけである。映像と言う強力な力を持つメディアでは、その一本の糸は切れてしまう恐れがある。それが心配なので、許可できないのである。どうかお許し頂きたい」と話されたそうだ。さらに死後、司馬夫人がNHKにテレビ化を許したのは、大河ドラマ『国盗り物語』をはじめ、司馬とNHKとの長年に渡った付き合いを考えてのことだと思う、と語った。

 3話までの視聴率は、初回17.7%、2話19.6%、3話19.5%と順調な滑り出しだ。

 国民文学とも言える、この壮大な作品の映像化がNHKに許されて、晴れて放送が開始された以上、近代国家の第一歩を記した明治という時代のエネルギーと苦悩がこれまでにないスケールのドラマとして描かれ、現代の日本人に勇気と示唆を与える作品になることを素直に願いたい。今や世界はグローバル化の波に洗われながら国家や民族のあり方をめぐって混迷を深めており、その中で日本は、社会構造や価値観の変化に直面し、進むべき道が見えない状況が続いている。

  この作品に込められたメッセージが明治から昭和を経て、平成に生きる我々日本人が次にどのような時代が来るのかを考える上で、また、日本がこれから向かうべき道を考える上でも、大きなヒントを与えてくれることを期待している。

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