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2009年10月31日

04大野克人

「沈まぬ太陽」

 「沈まぬ太陽」は本格的社会派映画で、多くの人に観てもらいたいと考えるので、匿名のブログに書くかこのブログにするか迷っていたが、矢澤先生がやや辛口のコメントを書かれたので、異なった観点を提供する意味で、本欄を利用することにした。モデルとされる日本航空グループとの取引を担当していた時期もあり、知り過ぎていることもあるので、本欄の記述は相当に制約されたものになります。

 

 映画の興行成績を意識してか、御巣鷹山事件にあまりに大きくスポットを与えたことから、本当に意図された趣旨が伝えられなかったように思われることは、矢澤さんが指摘される通りだと思います。しかし、JALの内部からも社内体制の不備が御巣鷹山事件の最大の原因であると告発する声があがったわけで、現在も存在する日本の政・官・財が癒着し、少数の狡賢い日本人が大企業を私物化している状況の弊害として御巣鷹山事件の結果があるというのが制作意図のはずで、少なくとも日本の観客はそのように理解できていると信じたい。また、利益至上主義で運営されている他の国の航空会社には、JAL以上に危険な綱渡り運行をしている企業が少なくないことも知っておくべきではある。

JALでは合理的企業経営判断ではない原理で事が決定されることが少なくなく、コネ入社の政治家や大企業役員等のご子息が多数勤務されており、組合は分裂し、この映画に出てくるような話もたくさん聞かされたし、気付かされた。鐘紡から伊藤社長を呼び込んでも、ほとんど実効を挙げられず、今現在もJALをどうするかが検討されていることは、ご存知の通りである。これは、ひとりJALだけの問題ではなく、日本の政・官・財が癒着したこの国の状況の問題で、民主党政権になっても、あの闇将軍が権力者である限り、大きく変わることはないはずである。この映画のCGが安っぽいとか、インターミッションの有無がどうとか、どうでもよい観点でこの映画を議論していている間にも、少数の狡賢い日本人が私利私欲を貪り、少なからぬ弱い日本人は見ざる・聞かざる・言わざるを決め込み小市民生活を守ろうとしているわけである。

この映画の中の取締役会で、経営者責任を問われて首になる子会社の社長が出てくる。私はそのモデルになった子会社を取引銀行の課長として担当していたが、その子会社の担当課長は私の勤務していた銀行の頭取の長男であった。ご本人は好人物であったが、金融のプロとして幾つかの条件交渉をさせてもらった。1ヵ月後に上司に呼ばれて言われた。「君は私が指示してない注文を付けているようだか、直ちに撤回しなさい。」幸いアフリカに左遷されることにはならなかったが、無責任で狡賢い連中が支配し、矜持を持たない弱虫が多すぎる社会での自分の経験から、主人公恩地の無念さに共感を禁じえない。この映画の弱点に気を取られすぎて、重要なメッセージを聞き逃しては、狡賢い連中や矜持のない弱虫を利するだけであろう。
 骨のある独立系映画制作会社が資金的苦境に苦吟し、テレビ局を中心とするゼニ儲け映画が跋扈する状況下、これだけ骨太の社会派映画を作り上げた関係者に拍手を送りたい。

多くの人に観て欲しい。

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