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2009年9月 5日

05白川洋次郎

企業の社会貢献

9月1日付で「シルバーオックス」社が破産した。負債総額57億円。

シルバーオックスは、下着や肌着などを中心に生活衣料を製造する東証・大証1部上場上場会社、昭和16年に創業の老舗メーカーだったが、この不況を乗り切れずに破産に至った。

じつは、私は、小学生の時、ものすごくたくさんの映画を見ていた。

それは、テレビで奥様洋画劇場というのを平日夕方、それも月-金でやっていたからだ。

学校が終わると走って家に戻り、テレビのすぐ前に座って、ひとりでこの奥様洋画劇場を見ていた。(親はなにか忙しくて、いつも家にいなかった)

この番組は、アメリカはもとより、ドイツ、フランス、イタリア、イギリスなどの古い名作を放映してくれていた。「パリの空の下セーヌは流れる」「第三の男」「アフリカの星」「イースターパレード」「自転車泥棒」、「禁じられた遊び」などなど戦前から戦後の名作といわれるものは、結構網羅されていたように思う。そして、この番組の提供をしていたのが、「シルバーオックス」だった。

「元気で行こう テケテケタッタッタ~♪雄牛のマークの シルバーオックス!オックスオックスシルバー シルバーオックス」というコマーシャルソングを聴いたことがある人もいるかな。

私が、映像コンテンツを手がけるようになったのは、この番組をみていたからだったかもしれない。シルバーオックスは、すくなくとも1人の映像制作者を育ててくれた。これも一種の社会貢献なのではないか?そのシルバーオックス社が、68年の幕を閉じた。深い感謝を感じている。お疲れ様でした。

 

倒産で思い出すのは、フジテレビが、2000年から放送したドキュメンタリー番組『中国からの贈りもの』シリーズの第一弾の『小さな留学生』(200055日放送)

この作品の企画を考えたのは、張麗玲(ちょう れいれい )という人で、その当時、東京学芸大学の留学生だった。今は、大富という中国人向けTVチャネル配信の代表になっているが、当時は、映像製作者としては、ほとんど素人であった。彼女は、父親の転勤で日本にやってきた9歳の中国人少女張素(ちょう・そ)が、日本の学校に溶け込もうとしている姿を是非TV番組にしたいと思っていた。そこで、いろいろなところに飛び込みでお願いに回って、フジテレビの技術スタッフの知己を得た。しかし、ドキュメンタリーを撮る段になって、資金が必要なことがわかった。そこから、またいろいろなところに企画書を持って提案しに行くのだが、悪戦苦闘しながら、ようやく日中友好に理解のある会社が見つかり、資金援助を買って出てくれた。もちろん、局の方々の尽力あってのことではあるがフジテレビで番組化されたのは、ここまで資金の準備ができたからだった。彼女は、その会社に入社することになる。このドキュメンタリー番組は、大当たりしてシリーズ化し、日中の人々の交流に大きな影響を与えた。その大当たりの最中に、支援してくれた会社が、自己破産を申請し倒産・解散した。

その会社は、「大倉商事」、旧大倉財閥のかつての基幹会社だった。TV番組制作だけでなく日中交流にも大きな影響を与えてくれた作品を世に送り出すというのも、企業の大きな社会貢献ではないか。とても大変な時期であり、苦しい会社事情にも関わらず、社会に貢献するという姿勢を貫いたのは、清清しい思いがする。いま、余力のある会社こそ、このような社会貢献をしていただきたいものである。大倉商事に改めて感謝!

 

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