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2008年11月18日

01工藤英博

~西5でちょっとだけお茶を~ 11月18日はミッキーマウスの誕生日

  映像コンテンツの制作現場で働いているプロデューサーは、著作権の問題に案外無頓着なものだ。"複雑で多岐にわたる日常業務に忙殺されて、基礎知識を身につける暇がない"、あるいは"面倒な契約のことは、しかるべき専門家に任せて、自分はクリエイティヴな仕事に専念すれば良い"などと、とかく考えがちだ。

 しかし、この考えは間違っている。プロデューサーとして一流の仕事をするためには、著作権についての知識と情報、そしてそれを駆使する戦略を決して欠かすことはできない。著作権法の基礎的な理論を習得し、プロデューサーとして最低限知っておくべき法的な知識の土台作りは本学でも必修科目に組み込まれている。

 世界の映画の歴史の中で一番最初に著作権の必要性に着目したのは、チャーリー・チャップリンとウォルト・ディズニーだった。1932年のある日、不世出の天才と言われたこの二人のエンターティナーは、ユニバーサルの撮影所で出会う。当時チャップリンは、すでに喜劇王として一家を成した有名人だったが、ディズニーの方は製作プロダクションがつぶれかかって四苦八苦の状態だった。

 しかし、1928年11月18日の日曜日、音声つきアニメの先駆け「蒸気船ウィリー」がニューヨークで公開され、大衆の前に初めて登場した主人公のミッキーマウスは、その頃ようやくヒットしかけていた。実はディズニーがこの世で最も尊敬していたのはチャップリンだったし、ミッキーマウスのイメージの原型は実はチャップリンにあった、と伝記「ウォルト・ディズニー/創造と冒険の生涯」でボブ・トマスが書いている。(邦訳:玉置悦子・能登路雅子,講談社刊)

 この日は、ディズニーにとっては生涯忘れることのできない日となった。チャップリンは「僕もミッキーマウスのファンだ。君は今に世界を征服するよ」と激励し、そしてささやいた。「君が自立するためには、自分の著作権を決して他人の手に渡してはいけないよ」と。勿論映画は大当たりし、希代のキャラクタービジネスが動き出す。

 

081118.jpg ウォルト・ディズニーがその生涯の活動を通じて、著作権の問題をプロデューサーの最も重要な仕事のひとつにしたことは言うまでもない。チャーリー・チャップリンとウォルト・ディズニー、この二人の偉大なクリエーターは、すぐれた創造性と著作権の意識とは表裏一体であるという信念を持っていた。このことは著作権の問題が創造的な仕事に不可欠であることを何よりも雄弁に物語っている。

 「すべては一匹のネズミから始まった。それを忘れてはいけない」。スタジオの成功を振り返る時、ウォルト・ディズニーは語っていたそうだ。11月18日の今日、ミッキーマウスは80歳の誕生日を迎えた。

 

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