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社会学者としてのマクルーハン

2008年10月11日 16:07 [11貞包英之]

 本日メディア論、第二回目を行いました。
 マクルーハンの議論いかがだったでしょうか?

 授業ではわかりやすくするためになるべく図式的にマクルーハンを扱いました。マクルーハンのメディア論を理解するためにはまずはそれが必要でしょう。しかし本当は図式化すればするほど、マクルーハンは怪しくなり、またその時代制約性が目に付きます。
 それゆえ個人的には、マクルーハンの本当の面白さは、図式そのものではなく、その図式をある意味相対化しさえする現代社会の理解にあるのだと考えています。メディアがあふれる現代社会を分析するマクルーハン。マクルーハンをたんなる「メディア論」から解放し、とはいえ「文学史」に回帰させるのでもなく、まっとうな「社会学者」として考えてみること。それがいまもっとも面白いことだと考えられるのです。

 その「社会学者」としてのマクルーハンは『メディア論』にも色濃く現れていますが、それを堪能できるのはなにより『機械の花嫁』です。この社会に反復され、ある意味機械化された性愛のあり方をマクルーハンは広告を分析することで読み解きます。そうしてマクルーハンは、現代社会に広がる人間を置き去りにした性愛の不思議な「神話」的展開を明らかにするのです。
 そうした現代社会の姿はけしていまだに乗り越えられたものではありません。それゆえ「社会学者」としてのマクルーハンはマクルーハンの図式を反復するのでも、またたんにそれ利用するのではなく、マクルーハンとともに現代社会について考えてみることをいまなお誘惑するのです。