« リンゴはなんにもいわないけれど ブログトップ サブプライム・ローン問題とコンテンツ産業 »

2008年9月24日

01工藤英博

~西5でちょっとだけお茶を~ "是枝裕和"に注目しよう!

 本年上半期の興行で外国映画の不調が目立つが、是枝裕和監督の最新作『歩いても 歩いても』は、成人して家を離れた子供たちと老いた両親の夏の一日をたどる家庭劇(ホームドラマ)だが、その出来映えは本年の日本映画を代表する紛れもない秀作だ。

 

  080924_1.jpg  特別な事件が起きるわけではない24時間の家庭劇には、家族の関係や歴史が刻み込まれ、そこに誰しもが自分の家族の物語を重ね合わさずにはいられない。

 何十年も同じ屋根の下で暮らし続ける老夫婦、久しぶりに家族を連れて実家にやって来た息子と娘、そして15年前に無くなった長男。母親の手料理は昔と変わらないのに、家の内部や家族の姿は少しづつ変化する。食卓を囲んでの何気ない会話の中に、家族だからこそのいたわりと反目がユーモラスに温かく、ときにはほろ苦いせつなさをもって描き出される。そして家族というものの愛しさ、厄介さ、人の心の奥底に横たわる残酷さが浮かび上がっていく・・・。ミステリアスなことは何も起らない。お説教じみたことも語られない。普通の一日の中の普通の人たちを見つめた作品だ。

 息子の阿部寛が手土産のスイカを風呂場で冷やそうとする。ふと見ると風呂のタイルが剥がれたままになっている。住人と同じようにガタがきている。洗い場には転ばぬ用心だろう、手すりが付けられている。前は無かった。息子は両親の老いを意識せざるを得ない。実に秀逸なシーンだ。

 にんじんと大根からこの映画は始まる。長くて太い大根一本をそのまま掴みピーラーで剥いている、長女の手。姿よいにんじんを手際よく包丁でささがきにしている、母の手。まずその一つの場面だけで長女と母のことがわかるような気がする。久々に子供たちを迎える母のとし子は張り切って得意料理をこしらえていく。そのメニュー、調理する音、作りながらの会話、すべて家族の記憶が見え隠れする。なんとも巧みな冒頭の導入だ。また、"音"については徹底的に意識的になる必要があるとの考え方で、いつの場合も音にこだわる是枝監督らしく、パンフレットの解説によると、監督のアイディアであったとうもろこしのかき揚げる音の出し方にとりわけ苦労したらしい。ポーンと威勢よく弾ける音を出すため、油の温度や衣の具合などを変えて、何度もテストが繰り返されたそうだ。

 最近、この作品について次のような批評があった。「日本映画の黄金時代に名匠小津安二郎、成瀬巳喜男監督が丹精込めて描きあげた家庭劇は、テレビに奪われ映画では影を潜めてきたが、是枝監督が見事によみがえらせた。現代の話なのにどこか懐かしく胸が熱くなる、日本映画の本流に久々に出会った」

 この作品がこのように評価されることは大変喜ばしいことで異論を挟むつもりはないが、小津や成瀬監督が描きあげた家庭劇と是枝作品とは、その作風、表現方法において本質的に違うと思う。ご存知のように小津安二郎の『晩春』(1949年)、『麦秋』(1951年)、そして代表作と言われる『東京物語』(1953年)など一連の作品は嫁ぎ行く娘とその父親の心情を軸として、あくまで"家族"を本拠に置くが、そこには単に小市民の哀歓というようなものをはるかに超えた老い、孤独、死といった人間の奥底に迫る深いテーマを持ち、ホームドラマの究極の姿ともいえ、ヨーロッパにおいても絶大な共感を呼び起こした。

 一方の成瀬巳喜男は「女性映画の監督」と言われるようにその代表作はほとんど全て女性が主人公の、いわばヒロイン映画である。 初期の代表作、原節子主演の『めし』(1951年)、杉村春子、沢村貞子ら芸達者を揃えた『晩菊』(1954年)、高峰秀子主演の『浮雲』(1955年)、『女が階段を上がる時』(1960年)、淡島千景主演の『鰯雲』(1958年)・・・。そして遺作となった司葉子主演の『乱れ雲』(1967年)など、名女優たちが名演を競った作品を挙げていくと切りが無い。そして、成瀬監督の描く女性たちは多くの場合颯爽としたキャリアウーマンでもなければ、中流家庭の奥様でもない。男に庇護されていない下積みの苦労の多い女性たちであり、成瀬監督独特の作品世界を構成している。

 私が初めて是枝作品を見たのは『もうひとつの教育~伊那小学校 春組の記録~』(1991年放送フジテレビ)というTVドキュメンタリーだ。長野県伊那小の3年生がピート牧場から一頭の子牛を預かる。さまざまな試行錯誤を体験しながら、みんなで力を合わせて飼育に努め、立派な成牛に育てて牧場へと返すまでの3年間の牛の成長記録だ。牛との交流を通して、子供たちが多くの大切なことを学んでいく課程が生々と描かれた上質のドキュメンタリー番組だった。テレビマンユニオンでディレクターに昇格して『しかし・・・福社切捨ての時代に』(1991年フジテレビ)に続く第2作目で、3年間自らカメラを廻して撮り続けた丹念な仕事に感動した。

 ドキュメンタリーといえば、是枝監督と『ワンダフルライフ』以来コンビを組む撮影の山崎裕は、ドキュメンタリー番組の製作会社では老舗の㈱ドキュメンタリージャパンの代表取締役であり、『印度漂流』(1994年)など数多くの優れたTVドキュメンタリーを手がけているベテランだ。音楽のアコースティック・ギターデュオのゴンチチもそうだが、山崎はこれからも是枝と一緒に新しい映像創りに挑戦していって欲しい才能だ。

080924_2.jpg   「光源がないはずの場所には光を置かない」という是枝と山崎の考え方で、この作品も勿論だが、特に『ワンダフルライフ』や『ディスタンス』、『誰も知らない』などはライティング補強することなく、ほぼ自然光で撮影するスタイル・・・。音や色調や質感に徹底してこだわる繊細な演出・・・。この作品にも何度も登場する木漏れ日の美しい長い階段(葉山)、海を見晴らせる丘の上の墓地(横須賀・久里浜)、ラストシーンの遠くて明るい海(平塚・袖ケ浜)など、ロケーションを多用する独特の美しい映像・・・。

 いつの場合も新しい独自の是枝ワールドを表現する是枝監督の原点は、やはりドキュメンタリストとしての確かな視点なのだと思う。自ら原作、脚本を書き、監督をし、編集もする。CMを創り、時には若手監督のプロデューサーもやってのける。やや遅きに失する感があるが、映像クリエイター是枝裕和のこれからの創造活動に私たちは大いなる期待を込めて注目していきたいものだ。

← 前ページに戻る