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仁義なき戦い

2008年6月 8日 21:43 [04大野克人]

 2年前に、映画専門大学院で教えることに決めてから、出来るだけたくさんの映画を観ることにしている。映画が好きであることに加えて、映画大学院でファイナンスを教えるには映画や映像コンテンツに関する知識や判断力が不可欠だからである。ファイナンスの本質は現在のお金と将来のお金の交換であり、投融資した資金が将来時点で収益と共に回収できる目処がない限り、合理的な資金は動かない。「このプロセスを業界ではリクープと呼ぶ」とか、「任意組合で製作委員会を組成する」とかいった断片的知識は末梢的・二次的な問題であり、投融資した資金が将来時点で収益と共に回収することが出来るか否かをできるだけ正確に判断できるようになることがファイナンスの実務としては重要である。したがって、コンテンツ・ファイナンスを教えたり、映画プロデューサーになるには、投融資の対象になる映画や映像コンテンツに関する知識や判断力が不可欠で、その目利きになり実績を作れば、資金は自然についてくるようになる。

私は1986年に日本興業銀行に新設された証券化商品開発課の初代課長で、証券化商品や商品ファンドなどのストラクチャード・ファイナンスの日本に於ける草分けの一人である。88年頃に映画ファンドの真似事を試みたこともある。ここ数年、信託勘定を利用したスキームなどがコンテンツ産業の資金提供手段として期待されているが、国内の法整備に時間が掛かることに改めて驚いているし、法整備が出来れば自然にビジネスが発展するということでもない。国内の法整備が不十分であれば、合法的に資金を法整備の完備した国に持ち出せば良いだけの話であるから、国内法整備が終わるまでその業務が出来ないということではない。それどころか、証券化商品やファンドによる資金調達には、情報の非対称から悪用されると詐欺に近い事件が起きかねない可能性があることを理解することは難しいことではない。最近話題の米国サブプライム住宅ローン証券化問題の重要な原因ひとつは、証券化商品取引にはババ抜きゲームの側面があり、ババは間抜けで不運な連中の手に残るという常識的で簡単な問題である。映画のファイナンスも同様で、銀行から資金調達できる投融資を手間隙かけて素人向けのファンドに加工する動機が乏しいことを理解するのは容易であり、製作委員会方式が主流になっている理由である。そう言った実際のファイナンスの世界で、信頼される映画・映像コンテンツのプロデューサーやファンド・マネジャーになることあるいは育てること、これが今の私の夢である。

 

昭和18年生まれの私の世代にとっては、映画は映像コンテンツの王様である。小学校時代の夏休みには、校庭に大きなスクリーンが建てられ、近所の大人も子供も楽しんだものであった。どういうことか「母もの」の上映が多く、同級生に涙を見られないように苦労したものだ。映画館は混んでおり、途中入場の立ち見から始めて、二本立ての日本目の映画が始まる時に座われれば、ラッキーと感じたものだった。テレビの普及とともに、映画館への入場は容易になったが、私は受験勉強や仕事に追われる人生になり、映画に行く機会がみるみる減少してしまった。この結果、観たいと思ったが観ることが出来なかった映画がたくさんある。映画大学院で教えることは、映画を観ながらファイナンスを考えるという私には一石二鳥の仕事で、しかもビデオやDVDの普及で、昔の映画を見ることが驚くほど容易になった。物忘れが多くなったこともあり、昨年の年初から、観たDVDと映画の寸評をメモ代わりにある映画サイトに書き込んでおり、現在220本程度の鑑賞メモが残っており、書くに値しないものや書き忘れを加えると、ここ1年半で300本程度の映画をDVD主体に観たことになる。このブログのスタートは、これらの映画鑑賞の在庫と新しい映画の感想を中心に始めてみたい。

本日のDVD映画は、「仁義なき戦い」である。深作欣二監督の1973年の作品を観たのは、昨年1月であった。73年は米国留学中で次男が生まれた年で、同じヤクザ映画でも「ゴッドファーザー」は多忙であっても観なければならないと思いだいぶ前に観てしまったが、如何に有名であろうとも日本のヤクザ映画を観るほど暇ではなかったということだろうが、観てないことがずっと気になっていた映画である。一言で感想を言えば、「素晴らしく面白い群衆活劇、青春映画、戦後史映画」ということである。網走刑務所の獄中で、美能組組長が書いた手記にもとづく実話であることから始まり、この伝説的な映画については多くのことが語られており、素人が口を挟む余地はほとんど無い。このシリーズを続けて何作か観たが、限界効用逓減の法則というか、さすがシリーズ全てを観る前に飽きてしまった。あの「男はつらいよ」という怪物マンネリ映画でも、1969年の第一作はテンポも速く緊張感が漂っており、一味違う寅さんになっている。多分、シリーズ化された作品の第一作は大変な傑作と言うルールが成立しているはずである。それでは、73年に「仁義なき戦い」のシナリオを持ち込まれて、この映画の制作に資金を出すかと聞かれたらどうしたであろうか?成功しそうな面白い企画であり、裏社会の妨害がないことを確認できれば、投資した作品であると思われる。

話が長くなり過ぎたので、最後に一言加えると、DVDと再生装置の発達で、「仁義なき戦い」や「ゴッドファーザー」と新作の映画なりテレビ番組が時間の取り合い競争になってきていることは、新作をプロデュースする上で、留意すべき時代であろう。つまり、「仁義なき戦い」や「ゴッドファーザー」を観てない人が、それら古典を観ないで新作を見るだけの魅力が新作には求められ始めたはずで、映画も古典と新作が競争する読書と同じ世界に入ったということであり、新作を成功させることは更に難しくなったということである。私のここ1年半の300本の90%程度がDVDであった。