天然コケッコー
ズルズルとした映画は、(一般用語ではユルーイ映画というらしいですが、)平和ボケした島国日本の象徴のように思えて大嫌いである。本作はユルーイ映画ではあるが、素晴らしい映画であると思う。
「もうすぐ消えてなくなるかもしれんと思やぁ、ささいなことが急に輝いて見えてきてしまう」という主人公の言葉、生徒が居なくなり消え行く運命の学校、里村の美しい風景、そして「天然コケッコー」、皆、失われ消えゆきつつある「日本のいとおしいものども」である。
本作を観ながら、チャン・チィーを世界的スターにした「初恋のきた道」を思い出してしまった。両作品とも、都会者の登場で田舎に引き起こされる素朴な波紋を素直にいとおしく映画化している。しかし、中国の素朴さを描いた前者は世界的に評価され、日本の素朴さを描いた本作は国内の一部で評価されているに過ぎない。「初恋のきた道」は、既に世界的に知られていたチャン・イーモウ監督の作品であったことが大きいとは思うが、ビジネス・プロモーション力や戦略の差もあるのではなかろうか。本作は、失われ消えゆきつつあるいとおしいものを日本の枠組みと日本のユニークな固有振動数で上手に描いていると思われ、このような作品こそ日本の作品として国際的な評価を得られるのではないだろうか?外国人の知人には、日本の山里や山間部の風景、田舎の人情の好きな連中が多い。
オニギリは日本で握ってこそ味わい深いので、フィンランドでオニギリを握っても、独りよがりで理解は得られないだろう。
